―「駅・病院・公園一体化」は郊外都市の次のモデルとなるか
横浜市青葉区の藤が丘駅前地区で、都市計画決定および土地区画整理事業の認可が下りた。
これにより、病院、駅前商業施設、公園を核とした再整備が本格的に動き出す。表向きは「老朽化対策」「利便性向上」といった定型的な再開発だが、その背景と構造を読み解くと、日本の郊外都市が直面する課題への一つの回答が見えてくる。
半世紀前の成功モデルが抱える“限界”
藤が丘は、昭和41年の土地区画整理事業により計画的に整備された典型的な高度経済成長期の郊外都市である。
駅前広場、商業施設、公園、そして昭和大学藤が丘病院を中心とした地域医療体制。これは当時としては完成度の高い都市モデルだった。
しかし半世紀を経て、
- 建物・インフラの老朽化
- 商業機能の空洞化
- 住民の高齢化
といった「郊外の成熟化問題」が一斉に顕在化した。
重要なのは、藤が丘の課題は特殊ではなく、日本全国の郊外が抱える共通課題だという点だ。
今回の再整備の本質は「機能の再配置」
今回の計画の特徴は、新しい施設を単に建て替えることではない。
「駅前施設・病院・公園」を空間的にも機能的にも再接続する点にある。
従来、
- 駅=交通・商業
- 病院=医療
- 公園=余暇
と分断されがちだった都市機能を、「歩いて回れる一体空間」として再編する。
これは、高齢者・子育て世代・通勤者が同じ動線を共有する都市構造をつくる試みとも言える。

官民学連携が示すリアリズム
本事業は横浜市、東急株式会社、学校法人昭和大学の三者が連携して進めてきた。
注目すべきは、誰か一主体の理想論ではなく、土地・交通・医療という異なる論理を持つ組織が折り合いをつけた点だ。
平成30年に「藤が丘駅周辺の新たなまちづくりの推進に関する協定」を結び、令和6年に「藤が丘駅前地区再整備基本計画」が策定され、令和7年12月に都市計画決定。
この長い検討期間は、再開発の難易度と同時に、拙速な大型開発を避けた証左とも読める。

藤が丘モデルは横展開できるか
この再整備が成功すれば、
- 大規模ターミナルではない
- 都心回帰でもない
- しかし衰退型郊外でもない
「医療を核に再編集される郊外拠点」という新しいモデルになる可能性がある。
一方で、病院再編と商業再生を同時に進める以上、
- 建設コストの高騰
- 医療機能の一時的制約
- 商業のテナント構成
といったリスクも無視できない。藤が丘の試みは、理想と現実の綱渡りでもある。
静かな再開発が持つ意味
派手な超高層ビルも、ランドマークタワーもない。
だが藤が丘駅前の再整備は、これからの日本の都市がどう縮み、どう更新されるかを考える上で、極めて示唆に富む。
「駅前施設・病院・公園が一体となる」という一見穏やかな言葉の裏には、郊外都市を“終わらせない”ための現実的な選択が込められている。
今後の進捗は、藤が丘だけでなく、全国の郊外にとっての試金石となりそうだ。
【コラム】相模原駅北口が突きつける「医療はいつ再編されるのか」という問い
同じく駅前再開発という文脈では、相模原駅北口地区土地利用計画が挙げられる。
この計画の軸は明確で、「業務・研究開発」「商業・交流」「居住」を中心とした広域交流拠点の形成にある。藤が丘のように病院が前面に出る構図とは異なり、都市機能の主役はあくまで“働く・集まる・住む”だ。
しかし相模原駅北口の周辺には、すでに病院が立地している。
土地利用計画上は医療が主役ではなくとも、再開発が進み、昼間人口や交流人口が増えれば、医療施設の老朽化や機能更新は、いずれ避けて通れないテーマとして浮上してくる。
ここで問われるのは、
医療施設を「後から調整する存在」とするのか、
それとも「まちの再編に組み込む前提条件」として扱うのか、
という点だ。
藤が丘が示しているのは、病院の再整備を契機に駅前全体を“つなぎ直す”というアプローチである。一方、相模原はまず都市機能の骨格を描き、その中で医療をどう位置づけ直すかが、これからの課題となる。
駅前再開発において、医療は必ずしも最初に語られない。
だが、語られないまま進んだ計画ほど、後に医療の扱いが難題として立ち現れる。
相模原駅北口は、その分岐点に差しかかっているように見える。
出所:
横浜市都市整備局・東急株式会社・学校法人 昭和大学「藤が丘駅前地区再整備基本計画(6年3月)」
記者発表資料「藤が丘駅前のまちづくり、新章開幕!~都市計画を決定&土地区画整理事業を認可~」(令和7年12月19日)


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